滋賀の文化財講座・県指定文化財の誕生-成菩提院・兜率天曼荼羅
「これまで一般に知られてこなかった文化財調査や修理事業の実際、保存上の知識などについて、行政と博物館の協働のもと、専門的・具体的な最新情報を県民に向けて積極的に発信していこうとする試み」
として5月から始まった「滋賀の文化財講座」も今回で四度目。8月25日に滋賀県立琵琶湖文化館にて開催されました。
今回の講座は、
『県指定文化財の誕生-成菩提院(じょうぼだいいん)・
兜率天曼荼羅(とそつてんまんだら)を中心に-』
をテーマに、滋賀県教育委員会事務局文化財保護課の
古川主任技師よりお話があり、関心のある多くの方々が受講され
ました。(主に美術工芸品について)
私たちは気軽に「ぶんかざい」と言っていますが・・・
国の場合、文化財を指定する基準となる文化財保護法の中で、文化財は
貴重な国民的財産(第4条)として、わが国の歴史や文化を正しく理解するために必要なものであり、将来の文化の向上発展の基礎となるもの。
重要な文化財として指定(第27条)されると、一定の制限を課し、助成を行うなどして、保存と活用のために必要な措置を講じることが出来る。
と書いています。
滋賀県でも概ね国に準じ、滋賀県文化財保護条例を昭和31年12月25日に制定しています。
これは近畿2府4県の中では和歌山県に次いで2番目で、意外にも文化財王国?!の奈良県では52年、京都でも56年の制定など、地方自治体によってその足並みは様々です。これを見ても、滋賀県の文化財に対する取り組みが、早くから行われてきたことが良く分かりますね。
驚いたのが、都道府県によって指定文化財の名称が異なるそうなんです!
一番オーソドックスに・・・県指定(有形)文化財→ 滋賀、京都、奈良など多数
(滋賀県はスタンダードをいっています。)
紛らわしいのは・・・・・・・・・県重要文化財→福島、群馬、神奈川、岐阜、広島、岡山、佐賀の7県
(国の「重要文化財」と混同してしまうのは私だけですか?)
まさしく文字の通り・・・・・・県重宝、県宝→青森、長野の2県
(分かりやすくていいですね。読み方は「ジュウホウ」「ケンポウ」・・・県宝はパソコン
では漢字に一発変換出来ませんのであしからず)
大切にされている気がする・・・県指定保護文化財、県保護有形文化財→鳥取、高知の2県
旅先で看板を見つけたら、滋賀県との呼び方の違いを、お友達に教えてあげて下さい。ちょっぴり自慢できる豆知識です。
滋賀県で文化財に指定されるその基準は以下の通りです。(国指定文化財の指定基準に準じる)
【彫刻・絵画の部】 一 各時代の遺品のうち制作優秀で滋賀県の文化史上貴重なもの
二 滋賀県の絵画・彫刻史上特に意義のある資料となるもの
三 題材、品質、形状または技法等の点で顕著な特異性を示すもの
四 特殊な作者、流派又は地方様式等を代表する顕著なもの
五 渡来品で滋賀県の文化にとって特に意義のあるもの
→滋賀県にとって重要かつ貴重であるもの
また、滋賀県の地域性を重視して指定された例もあるそうです。
滋賀県指定文化財の栄誉ある第1号は御覧の通り!
絵画の部(第1号) 彫刻の部(第1号) 工芸品の部(第1号)
絹本著色 木造僧形八幡神坐像 1躯 木造相撲人形力士2
恵心僧都像1幅 女神坐像 1躯 行司1
(大津市・聖衆来迎寺) (栗東市・金勝寺) (野洲市・御上神社)

「いずれも優秀で貴重かつ歴史的意義のある作品であり、『国の重要文化財』となってもおかしくない、レベルの高さ」だと、古川さんは言っておられました。これらの作品は展覧会に“引っ張りダコ”で、全国の様々な博物館で展示され、滋賀の文化財の素晴らしさをアピールしてくれています。
(ちなみに、これらはよく琵琶湖文化館で展示されていますヨ。要チェック!)
滋賀県指定文化財の指定総数は
・絵画(39件) ・彫刻(77件) ・工芸品(51件) ・書跡・典籍・古文書(66件)
・歴史資料(6件) ・考古資料(9件)
となっており(平成19年6月1日現在)、特徴としては仏教美術が多数を占めています。
またこれらは、国指定重要文化財となって県指定が解除される例もあり、最近では
<平成17年>木造阿弥陀如来立像(大津市・西勝寺)
木造聖観音立像(愛荘町・仏心寺)
<平成19年> 木造十一面観音立像(甲賀市・誓光寺)
が、「県民の宝」から「全国民の宝」として大切にされています。
今後の課題としては、文化財の宝庫である滋賀県では指定対象候補が多すぎるという嬉しい悲鳴も悩みと言えば悩み。比叡山延暦寺を本山とする天台系さらには禅宗系、真宗系の遺品など、仏教美術作品を中心に指定候補となる優れた文化財が多数存在し、これらを如何に調整しながら指定を行うか。また、指定対象の多様化についても、頭を悩ますところだと、古川さんは言っておられました。
県では教育委員会文化財保護課の皆さんが、また国では文化庁が、有識者の方々と共に調査・研究を行い、地元の皆さんと調整を図りながら、持てる知識を総動員し、文化財のこと、一生懸命考えてお仕事をして下さっています。その仕事内容の複雑さやご苦労を考えると、文化財に対する有り難さも倍増となりました。
では、そのような目で平成18年に新たに県指定文化財となった「兜率天曼荼羅(とそつてんまんだら)」(米原市 成菩提院所蔵)を見てみましょう。

指定: 平成18年3月17日 絵第39号
※絵画部門では最新の指定
法量: 縦160.2センチ 横113.4センチ
品質/形状: 絹本著色(一副一鋪) 掛幅装
お話によると、この大きさで「一副一鋪」(1枚の絵絹に
1枚の絵)は大変珍しいとのこと。
多くは「三副一鋪」(縦に3分割して絵絹を貼り合わせ)が
主流で、それだけでも貴重!だそうです。
大きい写真はこちらからどうぞ!
●先ずは中心におられます『弥勒菩薩(みろくぼさつ)』について。

「現在、兜率天において修行中の身で、釈迦が入滅した56億7千万年後に、私たち
の世界に下りてきて、龍華樹の下で、説法を行って民衆を救済する」有り難い仏さ
まのことです。
●描かれている兜率天浄土は
・五百万億の天子(神々)が造作した宝宮 ・五百億の諸天女が妙音を奏でる
・七重の垣をなす七宝や並木の荘厳 ・摩尼宝珠で飾られた四十九重の宮殿(四十九院)
・庭園に宝池
という、想像も出来ない圧倒されるほどの豪華な様子であるそうです。・・・す・すごい。
↓ 弥勒菩薩の住む
摩尼宝殿 ↓ 踊り舞う天女たち

●このように、本当はきらびやかな兜率天浄土を描いているのですが・・・
保存状況: 本紙→絹の欠損・虫損、折れ
顔料→浮き、剥落
表具→折れ、欠損、破れ/八双・軸木の露出
素晴らしい作品であるにも関わらず、長期の展示に耐えうること
が出来ないほどの状態で、これ以上放っておけない、近い将来
の修理が必要でその保全の意味からも、文化財に指定された
ことは大変意義があると言っておられました。
●特徴的なことは
墨の線で下書き→色塗り 屋根がウロコ状でとても 視点のバラツキ
→朱色で輪郭を仕上げ 丁寧に塗り分けられている (建物を上から見たり下から
装身具は金泥 見たりして描いている)

などなど、多数見所のある曼荼羅です。
●気になる制作年代については
・弥勒菩薩の面貌 → 左右非対称
・筆致 → 線描が滞りがち
・画絹の大きさ → 一副一鋪
などから、推定14世紀後半(南北朝時代)頃であると、考えられています。
県指定文化財としての評価理由としては、
・造形的な評価
写し崩れや線描に硬さが見られるが、この時代の作としては丁寧に仕上がっている。
・画題の稀少性と制作時期の評価
現存する兜率天曼荼羅の作例は極めて少なく、特に、鎌倉・南北朝期に遡る作例は全国でも
他に5点しか見つかっておらず、本図はその数少ない一例として、仏教絵画史上貴重である。
などの理由から、平成18年に新たに県指定文化財として加えられました。
●課題としては、
・制作背景と伝来に関する課題(兜率天曼荼羅と天台宗との関係・成菩提院に伝来した経緯)
・図像的な課題(浄土の情景と経文との対応関係・祖本となる図像の解明・阿弥陀浄土図からの影響関係)
など、今後も調査・研究する必要があるようです。
と、ここまではスライドでの説明でしたが、、、
ナント!最後に!「少しの時間なら」と実物を!特別に!特別室で!見ることができました!!
(現在「兜率天曼荼羅」は琵琶湖文化館に寄託されています)

実物を前に、緊張気味に見入る参加者たち
(くれぐれも絵のすぐそばで、咳をしたり、お話しを
したりしないように、注意がありました。)
素人ながら、修復の必要性を確かに感じました・・・
(「修復」とは「現状維持!補修・補色は一切しない」そうです)
文化財の修復には、大変なお金がかかるものですから、所有者(地元の皆さん)にとっても負担が大きく、県指定文化財では費用の60%が補助されるそうです。しかし、文化財の宝庫である滋賀県では、それだけ「修理待ち」の文化財も多数あるわけで・・・文化財を「県民の宝」として県費(税金)で賄うのですから、文化財の指定にも保存にもそれは慎重に審査されるべき事柄なのです。
「文化財保護行政」と言っても、本当に大変なお仕事ですね。
★余談ですが・・・
参加されていた「仲良しおばあさま3人組」にお話を伺ったところ
「昔はお寺の世話役さんが、曼荼羅やら掛け軸やらをクルクルクルッと巻いて
上下を揃えるために縦にしてコンコンと(左図)してたもんやがな」
「そうそう、それした後はもちろん剥がれた絵の具やら何やら畳の上に落ちるし、
それをセロテープでちょちょいとキレイにしてたもんや・・・」
「この講座を聞いてしもたら滅相もない話やな。大事にせんとあかんな・・・」
そうですよ!おばあさま!世話役さんに、くれぐれもコンコンとしないように、よろしくお伝え下さい(笑)
私は、このことを、古川さんには、恐ろしくて、言えません、デシタ・・・ショックやろうなぁ・・・
さて、次回、第5回の「知れば知るほど奥深い滋賀の文化財講座」は、『葛川参籠の舞台-重文明王院護摩堂・庵室解体修理-』と題し、9月29日(土)午後1:30より滋賀県立琵琶湖文化館(TEL077-522-8179)で開催されます。
受講は無料(但し入館料が別途300円必要)ですので、みなさんお気軽にご参加下さい。
として5月から始まった「滋賀の文化財講座」も今回で四度目。8月25日に滋賀県立琵琶湖文化館にて開催されました。
今回の講座は、『県指定文化財の誕生-成菩提院(じょうぼだいいん)・
兜率天曼荼羅(とそつてんまんだら)を中心に-』
をテーマに、滋賀県教育委員会事務局文化財保護課の
古川主任技師よりお話があり、関心のある多くの方々が受講され
ました。(主に美術工芸品について)
私たちは気軽に「ぶんかざい」と言っていますが・・・
国の場合、文化財を指定する基準となる文化財保護法の中で、文化財は
貴重な国民的財産(第4条)として、わが国の歴史や文化を正しく理解するために必要なものであり、将来の文化の向上発展の基礎となるもの。
重要な文化財として指定(第27条)されると、一定の制限を課し、助成を行うなどして、保存と活用のために必要な措置を講じることが出来る。
と書いています。
滋賀県でも概ね国に準じ、滋賀県文化財保護条例を昭和31年12月25日に制定しています。
これは近畿2府4県の中では和歌山県に次いで2番目で、意外にも文化財王国?!の奈良県では52年、京都でも56年の制定など、地方自治体によってその足並みは様々です。これを見ても、滋賀県の文化財に対する取り組みが、早くから行われてきたことが良く分かりますね。
驚いたのが、都道府県によって指定文化財の名称が異なるそうなんです!
一番オーソドックスに・・・県指定(有形)文化財→ 滋賀、京都、奈良など多数
(滋賀県はスタンダードをいっています。)
紛らわしいのは・・・・・・・・・県重要文化財→福島、群馬、神奈川、岐阜、広島、岡山、佐賀の7県
(国の「重要文化財」と混同してしまうのは私だけですか?)
まさしく文字の通り・・・・・・県重宝、県宝→青森、長野の2県
(分かりやすくていいですね。読み方は「ジュウホウ」「ケンポウ」・・・県宝はパソコン
では漢字に一発変換出来ませんのであしからず)
大切にされている気がする・・・県指定保護文化財、県保護有形文化財→鳥取、高知の2県
旅先で看板を見つけたら、滋賀県との呼び方の違いを、お友達に教えてあげて下さい。ちょっぴり自慢できる豆知識です。
滋賀県で文化財に指定されるその基準は以下の通りです。(国指定文化財の指定基準に準じる)
【彫刻・絵画の部】 一 各時代の遺品のうち制作優秀で滋賀県の文化史上貴重なもの
二 滋賀県の絵画・彫刻史上特に意義のある資料となるもの
三 題材、品質、形状または技法等の点で顕著な特異性を示すもの
四 特殊な作者、流派又は地方様式等を代表する顕著なもの
五 渡来品で滋賀県の文化にとって特に意義のあるもの
→滋賀県にとって重要かつ貴重であるもの
また、滋賀県の地域性を重視して指定された例もあるそうです。
滋賀県指定文化財の栄誉ある第1号は御覧の通り!
絵画の部(第1号) 彫刻の部(第1号) 工芸品の部(第1号)
絹本著色 木造僧形八幡神坐像 1躯 木造相撲人形力士2
恵心僧都像1幅 女神坐像 1躯 行司1
(大津市・聖衆来迎寺) (栗東市・金勝寺) (野洲市・御上神社)
「いずれも優秀で貴重かつ歴史的意義のある作品であり、『国の重要文化財』となってもおかしくない、レベルの高さ」だと、古川さんは言っておられました。これらの作品は展覧会に“引っ張りダコ”で、全国の様々な博物館で展示され、滋賀の文化財の素晴らしさをアピールしてくれています。
(ちなみに、これらはよく琵琶湖文化館で展示されていますヨ。要チェック!)
滋賀県指定文化財の指定総数は
・絵画(39件) ・彫刻(77件) ・工芸品(51件) ・書跡・典籍・古文書(66件)
・歴史資料(6件) ・考古資料(9件)
となっており(平成19年6月1日現在)、特徴としては仏教美術が多数を占めています。
またこれらは、国指定重要文化財となって県指定が解除される例もあり、最近では
<平成17年>木造阿弥陀如来立像(大津市・西勝寺)
木造聖観音立像(愛荘町・仏心寺)
<平成19年> 木造十一面観音立像(甲賀市・誓光寺)
が、「県民の宝」から「全国民の宝」として大切にされています。
今後の課題としては、文化財の宝庫である滋賀県では指定対象候補が多すぎるという嬉しい悲鳴も悩みと言えば悩み。比叡山延暦寺を本山とする天台系さらには禅宗系、真宗系の遺品など、仏教美術作品を中心に指定候補となる優れた文化財が多数存在し、これらを如何に調整しながら指定を行うか。また、指定対象の多様化についても、頭を悩ますところだと、古川さんは言っておられました。
県では教育委員会文化財保護課の皆さんが、また国では文化庁が、有識者の方々と共に調査・研究を行い、地元の皆さんと調整を図りながら、持てる知識を総動員し、文化財のこと、一生懸命考えてお仕事をして下さっています。その仕事内容の複雑さやご苦労を考えると、文化財に対する有り難さも倍増となりました。
では、そのような目で平成18年に新たに県指定文化財となった「兜率天曼荼羅(とそつてんまんだら)」(米原市 成菩提院所蔵)を見てみましょう。
指定: 平成18年3月17日 絵第39号
※絵画部門では最新の指定
法量: 縦160.2センチ 横113.4センチ
品質/形状: 絹本著色(一副一鋪) 掛幅装
お話によると、この大きさで「一副一鋪」(1枚の絵絹に
1枚の絵)は大変珍しいとのこと。
多くは「三副一鋪」(縦に3分割して絵絹を貼り合わせ)が
主流で、それだけでも貴重!だそうです。
大きい写真はこちらからどうぞ!
●先ずは中心におられます『弥勒菩薩(みろくぼさつ)』について。
「現在、兜率天において修行中の身で、釈迦が入滅した56億7千万年後に、私たち
の世界に下りてきて、龍華樹の下で、説法を行って民衆を救済する」有り難い仏さ
まのことです。
●描かれている兜率天浄土は
・五百万億の天子(神々)が造作した宝宮 ・五百億の諸天女が妙音を奏でる
・七重の垣をなす七宝や並木の荘厳 ・摩尼宝珠で飾られた四十九重の宮殿(四十九院)
・庭園に宝池
という、想像も出来ない圧倒されるほどの豪華な様子であるそうです。・・・す・すごい。
↓ 弥勒菩薩の住む
摩尼宝殿 ↓ 踊り舞う天女たち
●このように、本当はきらびやかな兜率天浄土を描いているのですが・・・
保存状況: 本紙→絹の欠損・虫損、折れ
顔料→浮き、剥落
表具→折れ、欠損、破れ/八双・軸木の露出
素晴らしい作品であるにも関わらず、長期の展示に耐えうること
が出来ないほどの状態で、これ以上放っておけない、近い将来
の修理が必要でその保全の意味からも、文化財に指定された
ことは大変意義があると言っておられました。
●特徴的なことは
墨の線で下書き→色塗り 屋根がウロコ状でとても 視点のバラツキ
→朱色で輪郭を仕上げ 丁寧に塗り分けられている (建物を上から見たり下から
装身具は金泥 見たりして描いている)
などなど、多数見所のある曼荼羅です。
●気になる制作年代については
・弥勒菩薩の面貌 → 左右非対称
・筆致 → 線描が滞りがち
・画絹の大きさ → 一副一鋪
などから、推定14世紀後半(南北朝時代)頃であると、考えられています。
県指定文化財としての評価理由としては、
・造形的な評価
写し崩れや線描に硬さが見られるが、この時代の作としては丁寧に仕上がっている。
・画題の稀少性と制作時期の評価
現存する兜率天曼荼羅の作例は極めて少なく、特に、鎌倉・南北朝期に遡る作例は全国でも
他に5点しか見つかっておらず、本図はその数少ない一例として、仏教絵画史上貴重である。
などの理由から、平成18年に新たに県指定文化財として加えられました。
●課題としては、
・制作背景と伝来に関する課題(兜率天曼荼羅と天台宗との関係・成菩提院に伝来した経緯)
・図像的な課題(浄土の情景と経文との対応関係・祖本となる図像の解明・阿弥陀浄土図からの影響関係)
など、今後も調査・研究する必要があるようです。
と、ここまではスライドでの説明でしたが、、、
ナント!最後に!「少しの時間なら」と実物を!特別に!特別室で!見ることができました!!
(現在「兜率天曼荼羅」は琵琶湖文化館に寄託されています)

実物を前に、緊張気味に見入る参加者たち
(くれぐれも絵のすぐそばで、咳をしたり、お話しを
したりしないように、注意がありました。)
素人ながら、修復の必要性を確かに感じました・・・
(「修復」とは「現状維持!補修・補色は一切しない」そうです)
文化財の修復には、大変なお金がかかるものですから、所有者(地元の皆さん)にとっても負担が大きく、県指定文化財では費用の60%が補助されるそうです。しかし、文化財の宝庫である滋賀県では、それだけ「修理待ち」の文化財も多数あるわけで・・・文化財を「県民の宝」として県費(税金)で賄うのですから、文化財の指定にも保存にもそれは慎重に審査されるべき事柄なのです。
「文化財保護行政」と言っても、本当に大変なお仕事ですね。
★余談ですが・・・
参加されていた「仲良しおばあさま3人組」にお話を伺ったところ「昔はお寺の世話役さんが、曼荼羅やら掛け軸やらをクルクルクルッと巻いて
上下を揃えるために縦にしてコンコンと(左図)してたもんやがな」
「そうそう、それした後はもちろん剥がれた絵の具やら何やら畳の上に落ちるし、
それをセロテープでちょちょいとキレイにしてたもんや・・・」
「この講座を聞いてしもたら滅相もない話やな。大事にせんとあかんな・・・」
そうですよ!おばあさま!世話役さんに、くれぐれもコンコンとしないように、よろしくお伝え下さい(笑)
私は、このことを、古川さんには、恐ろしくて、言えません、デシタ・・・ショックやろうなぁ・・・
さて、次回、第5回の「知れば知るほど奥深い滋賀の文化財講座」は、『葛川参籠の舞台-重文明王院護摩堂・庵室解体修理-』と題し、9月29日(土)午後1:30より滋賀県立琵琶湖文化館(TEL077-522-8179)で開催されます。
受講は無料(但し入館料が別途300円必要)ですので、みなさんお気軽にご参加下さい。
2007年08月30日 Posted by 滋賀の文化財 at 22:30 │Comments(2) │TrackBack(2) │滋賀の文化財講座
滋賀の文化財講座・県指定矢川神社楼門解体修理
「これまで一般に知られてこなかった文化財調査や修理事業の実際、保存上の知識などについて、行政と博物館の協働のもと、専門的・具体的な最新情報を県民に向けて積極的に発信していこうとする試み」
として5月から始まった「滋賀の文化財講座」も今回で三度目。7月28日に滋賀県立琵琶湖文化館にて開催されました。
今回の講座は、
『県指定文化財・矢川神社楼門解体修理から
見えてくるもの』
をテーマに、滋賀県教育委員会事務局文化財保護課の
八木主査よりお話があり、約30人ほどの方が終始熱心
に耳を傾けていらっしゃいました。
大工さんとそのお弟子さんと思われる方の姿もあり、
文化財を守って行くには技能の継承に関心をもって
くださることは大切だと感じました。
※矢川神社公式webサイト
※矢川神社の場所:所在地)甲賀市甲南森尻70
今回お話があった矢川神社ですが、奈良時代の天平年間(729年~748年)に聖武天皇が紫香楽宮を造営された当時に創建されたと伝えられ(矢川神社公式webサイト)、その楼門は室町時代中期の建立とされています。
今回の解体修理は屋根葺替の時期が来たことが第一番目の理由で、昭和41年の文化財指定後、昭和59年の屋根葺替修理を県費補助事業として実施されていて、ちょうど屋根葺替時期になったこと、それに地元の氏子・崇敬者各位の御奉賛があって実現しているとのことです。(後日確認)
左は修理前の写真です。
随所に補強用の柱が打ち付けられた姿は
大変痛々しいです。
解体修理の目的は建物を保全することにあるわけですが、それを通じて建物の様式などを詳しく調べることも大きな目的と説明がありました。
解体修理は平成16年7月に事業開始され、平成19年6月に工事が完了しました。
1.解体
工事は建物全体を上屋根で覆い進められます。


定点から撮影された数十枚の写真を示しながら、
建物の木材が風雨の影響でかなり傷んでいる
ことを解説してくださいました。
2.調査概要
次に解体修理で調査する内容について説明がありました。
・実測調査・・・図面作成、建物の全体像の把握
・破損調査・・・破損状況および破損原因の把握
・部材調査・・・仕様および技法の把握、史料(墨書・刻銘等)の有無
・復原調査・・・痕跡の有無等
・史料調査・・・棟札、文書、刊行物、古写真等の把握
単純に修理するだけでなく、解体という貴重な機会を捉えていろんな調査が計画的になされることがよく分かりました。
3.破損調査
建物内部にまで雨水による影響が確認出来たと解説がありました。
また、12本ある柱の傾斜状況を詳しく調べた結果、ほとんどの柱が後方に傾いていることが確認出来たそうです。
4.技法調査
建物の組み物について解説がありました。
一つの屋根をくみ上げるだけですが
現在の住宅の構造では考えられない複雑な構造です。
「くの字」に曲がった垂木。
普通は二本の木材を交差させるらしいですが
ここでは一本の曲がった木を加工して作られていた
そうです。
5.上階の痕跡
解体の結果、楼門には上階が存在していた痕跡が確認されたそうです。
左の写真は建物内部にあった柱です。
上階柱の痕跡や、内部に使われていたにも関わらず
柱の左右に風化の差が確認出来ます。
※柱の左側が外部、右側が内部
そのほかにも上階が存在していたと思われる複数の痕跡が見つかったこと、本来楼門は二階づくりが普通であることなどから、矢川神社の楼門は何かの理由でやむなく一階づくりになってしまったと考えられるそうです。
この辺り、なんだかミステリーっぽくて大変興味を惹かれます。
左は重要文化財苗村神社楼門の様子ですが、
矢川神社楼門も建立当初は同じような構造で
あったと考えられています。
しかし、
①自然災害で破壊
②経済的理由から建立途中で規模縮小
などの理由で途中で改造されたことが幾つかの痕跡により
確認出来たそうです。
現在の矢川神社楼門は左の図のちょうど真ん中あたりに
屋根がある構造になっています。
社蔵文書「矢川雑記 巻二」に天正元年(1573)の大風のことが記されてあり、今回の解体工事による建物調査の結果などから、二階部分は自然災害で破壊され、当時では完全修復する余力もないことから一階部分に屋根が設けられたとの見解に至ったそうです。
6.墨書の発見
解体により見つかった間斗斗尻面の墨書には「文明十四年」の
文字が確認出来ます。
※文明十四年は足利義政が銀閣寺を建立した年と同じです。。。
7.組み立て



現代の一般住宅では見られないような複雑な
構造でくみ上げられていきます。
こうした工夫が風雨や地震などの自然の猛威に
数百年も絶えられる力を建物に与えているのだと
納得をしました。
昨今、重たい瓦葺きの屋根など何かと日本建築の特徴が地震に弱いと言われる訳ですが、それらはごく一部であって、日本建築が否定されるのは残念なことだとのお話に納得をしました。
過去から継承されてきた日本建築の素晴らしさが数百年、あるいは千数百年前の木造建築を未だに私たちの前に残してくれている事実があるわけですから。
8.竣工

事業開始後、3年の時を経て竣工しました。
今回の解体修理では木材部分だけですが、部材点数で概ね6割程度、体積では6~7割程度が再利用されたとのことです。(あくまで概算)
最後に琵琶湖文化館内の所蔵品を見学させて
いただき、講座が終了しました。
私たちは日常的に何気なく神社仏閣を訪れるわけですが、どの時代にもこうした文化財保護の取組があって、先人の財産を受け継いでこられているのだなと改めて理解することが出来ました。
今回の受講を通じ、より多くの方にこうした事実を知っていただきたいと思ったわけです。
次回、第4回の「知れば知るほど奥深い滋賀の文化財講座」は、『「県指定文化財の誕生-成菩提院・兜率天曼荼羅を中心に-」』と題し、8月25日(土)午後1:30より滋賀県立琵琶湖文化館(TEL077-522-8179)で開催されます。
受講は無料(但し入館料が別途300円必要)ですので、みなさんお気軽にご参加下さい。
滋賀県公式webサイト 滋賀県政eしんぶん 8月2日号にも案内があります。
として5月から始まった「滋賀の文化財講座」も今回で三度目。7月28日に滋賀県立琵琶湖文化館にて開催されました。
今回の講座は、『県指定文化財・矢川神社楼門解体修理から
見えてくるもの』
をテーマに、滋賀県教育委員会事務局文化財保護課の
八木主査よりお話があり、約30人ほどの方が終始熱心
に耳を傾けていらっしゃいました。
大工さんとそのお弟子さんと思われる方の姿もあり、
文化財を守って行くには技能の継承に関心をもって
くださることは大切だと感じました。
※矢川神社公式webサイト
※矢川神社の場所:所在地)甲賀市甲南森尻70
今回お話があった矢川神社ですが、奈良時代の天平年間(729年~748年)に聖武天皇が紫香楽宮を造営された当時に創建されたと伝えられ(矢川神社公式webサイト)、その楼門は室町時代中期の建立とされています。
今回の解体修理は屋根葺替の時期が来たことが第一番目の理由で、昭和41年の文化財指定後、昭和59年の屋根葺替修理を県費補助事業として実施されていて、ちょうど屋根葺替時期になったこと、それに地元の氏子・崇敬者各位の御奉賛があって実現しているとのことです。(後日確認)
左は修理前の写真です。随所に補強用の柱が打ち付けられた姿は
大変痛々しいです。
解体修理の目的は建物を保全することにあるわけですが、それを通じて建物の様式などを詳しく調べることも大きな目的と説明がありました。
解体修理は平成16年7月に事業開始され、平成19年6月に工事が完了しました。
1.解体
工事は建物全体を上屋根で覆い進められます。


定点から撮影された数十枚の写真を示しながら、
建物の木材が風雨の影響でかなり傷んでいる
ことを解説してくださいました。
2.調査概要
次に解体修理で調査する内容について説明がありました。
・実測調査・・・図面作成、建物の全体像の把握
・破損調査・・・破損状況および破損原因の把握
・部材調査・・・仕様および技法の把握、史料(墨書・刻銘等)の有無
・復原調査・・・痕跡の有無等
・史料調査・・・棟札、文書、刊行物、古写真等の把握
単純に修理するだけでなく、解体という貴重な機会を捉えていろんな調査が計画的になされることがよく分かりました。
3.破損調査
建物内部にまで雨水による影響が確認出来たと解説がありました。
また、12本ある柱の傾斜状況を詳しく調べた結果、ほとんどの柱が後方に傾いていることが確認出来たそうです。
4.技法調査
建物の組み物について解説がありました。
一つの屋根をくみ上げるだけですが現在の住宅の構造では考えられない複雑な構造です。
「くの字」に曲がった垂木。普通は二本の木材を交差させるらしいですが
ここでは一本の曲がった木を加工して作られていた
そうです。
5.上階の痕跡
解体の結果、楼門には上階が存在していた痕跡が確認されたそうです。
左の写真は建物内部にあった柱です。上階柱の痕跡や、内部に使われていたにも関わらず
柱の左右に風化の差が確認出来ます。
※柱の左側が外部、右側が内部
そのほかにも上階が存在していたと思われる複数の痕跡が見つかったこと、本来楼門は二階づくりが普通であることなどから、矢川神社の楼門は何かの理由でやむなく一階づくりになってしまったと考えられるそうです。
この辺り、なんだかミステリーっぽくて大変興味を惹かれます。
左は重要文化財苗村神社楼門の様子ですが、矢川神社楼門も建立当初は同じような構造で
あったと考えられています。
しかし、
①自然災害で破壊
②経済的理由から建立途中で規模縮小
などの理由で途中で改造されたことが幾つかの痕跡により
確認出来たそうです。
現在の矢川神社楼門は左の図のちょうど真ん中あたりに
屋根がある構造になっています。
社蔵文書「矢川雑記 巻二」に天正元年(1573)の大風のことが記されてあり、今回の解体工事による建物調査の結果などから、二階部分は自然災害で破壊され、当時では完全修復する余力もないことから一階部分に屋根が設けられたとの見解に至ったそうです。
6.墨書の発見
解体により見つかった間斗斗尻面の墨書には「文明十四年」の文字が確認出来ます。
※文明十四年は足利義政が銀閣寺を建立した年と同じです。。。
7.組み立て



現代の一般住宅では見られないような複雑な
構造でくみ上げられていきます。
こうした工夫が風雨や地震などの自然の猛威に
数百年も絶えられる力を建物に与えているのだと
納得をしました。
昨今、重たい瓦葺きの屋根など何かと日本建築の特徴が地震に弱いと言われる訳ですが、それらはごく一部であって、日本建築が否定されるのは残念なことだとのお話に納得をしました。
過去から継承されてきた日本建築の素晴らしさが数百年、あるいは千数百年前の木造建築を未だに私たちの前に残してくれている事実があるわけですから。
8.竣工

事業開始後、3年の時を経て竣工しました。
今回の解体修理では木材部分だけですが、部材点数で概ね6割程度、体積では6~7割程度が再利用されたとのことです。(あくまで概算)
最後に琵琶湖文化館内の所蔵品を見学させていただき、講座が終了しました。
私たちは日常的に何気なく神社仏閣を訪れるわけですが、どの時代にもこうした文化財保護の取組があって、先人の財産を受け継いでこられているのだなと改めて理解することが出来ました。
今回の受講を通じ、より多くの方にこうした事実を知っていただきたいと思ったわけです。
次回、第4回の「知れば知るほど奥深い滋賀の文化財講座」は、『「県指定文化財の誕生-成菩提院・兜率天曼荼羅を中心に-」』と題し、8月25日(土)午後1:30より滋賀県立琵琶湖文化館(TEL077-522-8179)で開催されます。
受講は無料(但し入館料が別途300円必要)ですので、みなさんお気軽にご参加下さい。
滋賀県公式webサイト 滋賀県政eしんぶん 8月2日号にも案内があります。

